大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和39年(う)152号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人新井章、同鷲野忠雄、同原田香留夫、同外山佳昌、同阿左美信義、同豊田秀男の控訴の趣意は同弁護人ら連名の控訴趣意書、弁護人外山佳昌提出並びに弁護人原田香留夫、同阿左美信義連名の各控訴趣意書及び弁護人新井章、鷲野忠雄、同原田香留夫、同外山佳昌、同阿左美信義、同豊田秀男連名の控訴趣意書訂正補充申書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人新井章、同鷲野忠雄、同原田香留夫、同外山佳昌、同阿左美信義、同豊田秀男(以下弁護人原田香留夫外五名と略称する)の論旨第二の二、弁護人阿左美信義、同豊田秀男の論旨三、の主張について。

所論は、要約すると昭和三六年広島県条例第一三号集団示威運動、集団行進及び集会に関する条例(以下本件条例と略称する)第四条に定める「道路、公園、広場その他屋外の公共の場所」とは、一般人の利用関係が保障されている場所で、しかもその場所における集団示威運動等が公共の安全と秩序に対して、直接危険を及ぼすことが定型的に大なる場所を指称するものと解すべきである。従つて、本件広島県庁正面玄関前広場は本件条例にいう道路、公園、広場その他公共の場所に該当しないから被告人の原判示所為は、犯罪の構成要件該当性を欠き罪とならないと主張するものである。

よつて、按ずるに本件条例はその第一条において、この条例は道路、公園、広場その他屋外の公共の場所における集団示威運動などが、公共の安全と秩序に対して直接危険を及ぼすことなく行なわれるようにするため必要な事項を定めることを目的とするものであるとしたうえ、その第二条第一項には「この条例は前条に規定する目的を達成するために必要な最少限度においてのみ適用すべきであつて、いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあつてはならない。」と定めていることに徴すると、憲法第二一条に定める集会、表現の自由の保障に抵触しないように公共の安全と秩序の維持とを調整し、いやしくも拡張解釈を禁じ、もつてみだりに個人の基本的人権若しくは団体の正当な活動を制限したり又は団体の正当な活動に介入することをできる限り回避したものと解せられる。従つて、本件条例に定める「屋外の公共の場所」の解釈適用についても、その立法目的や、「屋外の公共の場所」の例示として道路、公園、広場などと規定してあることに徴し、これを厳格に解するのが相当である。

しかして、被告人が原判示広島県庁正面玄関前構内において、同判示組合員約七〇〇名が集団行進をするに当つてこれを主催したものであることは証拠上明らかであるが、同構内広場が本件条例にいう「屋外の公共の場所」に該当するか否かにつき検討するに、<証拠>によれば、広島市基町一番地(現在同町一〇番五二号)に所在する広島県庁は東西の長さ二〇〇メートル、南北の長さ二〇〇メートルの正方形の敷地内の中央部に位置し、中庭を挾んで北側に本館、南側に南館が東西に長くコの字型に建設されており、右建物の西端に右本館と南館とに接続する玄関ホールがあり、同ホールの西側前面が玄関となつている。右敷地内の北西側に広島県議会議事堂、東北側に自治会館、同県庁南館の南側に広島公共職業安定所、その東側に広島県税事務所の建物があつて、前記敷地の周囲は、西側正面には高さ〇・五メートル幅三・八メートルの石垣で囲んだフラワーベッドの上に一・一メートル位の灌木を植えこみ、その他にはおおむね高さ四五センチメートル位の土台を繞らし、該土台上には灌木を植えこんで生垣とし、外側道路と判然と区画し、その区画内は一見して前記県庁その他の官公庁の敷地であることが判別できる状態である。同敷地西側の鯉城通りの道路に面して中央に幅二八・八五メートルの出入口があり、高さ一・四メートル位の門柱が建てられて広島県庁の標識が施され、その他の西、北、南、東側にも数ケ所出入口があり、右敷地内にある官公庁の職員及びその利用者のため出入できるように通路が設けられてその利用に供していることが認められる。

以上のような敷地内の状況から判断すると、同敷地は道路から截然と区別されて庁舎管理権者の庁舎管理権の及ぶ範囲を特定していることが明瞭である。なるほど、前記のごとく右官公庁の職員は勿論右官公庁利用者のため正面出入口のほか囲囲に狭い出入口を設けてそこから出入し通行することを許してはいるが、それは一般の道路、公園、広場などと同様敷地内にある前記官公庁を利用する必要のない一般公衆の使用にも併せて供することを直接の目的として設けられているものではなく、仮に右のような一般公衆が使用しているとしても、右は単に管理者から黙認されているに過ぎないものというべきである。

しかして、本件県庁正面玄関前構内も県庁自体の用、すなわち県庁職員及び県庁を利用する者の使用に供することを目的として設けられたものであり、公共の場所ではなく、公用の場所であると解すべく、このことは右設置の目的に照らし、一般の県庁利用者以外の者が使用することによつてその性質を変更するものではない。さればこそ、広島県知事は「広島県庁内取締規則(昭和三二年広島県規則第一六号)を定めて「県庁舎及び県庁構内における秩序の維持管理及び施設の保全管理」をなす権限を同知事に与えている。従つて、県庁舎内は勿論右県庁構内における被告人らの本件行為については、これを規制せんと欲すれば、同知事はその庁舎及び県庁構内の管理権に基づき同構内からの退去を求める等して規制すれば足り、これに応じないときは刑法第一三〇条所定の不退去罪等の成立するのは格別、本件条例第四条を適用して処断することはできるわけのものではない。

叙上説示したとおりであるから本件広島県庁構内の通路は、集団運動について公安委員会の許可を必要とする本件条例第四条にいう道路ではなく、また、本件県庁正面玄関前構内広場も本件条例の定める公共の場所たる広場ではない。(このことは他の官公庁構内の敷地、前庭、通路等は総て当該官公庁が直接自らの使用及び利用者の使用に供する目的で設けたものであつて、同構内の通路をたまたま当該官公庁を利用する必要のない不特定多数の者が出入して使用する場合があるからといつて、それがその構内における集団運動について公安委員会の許可を必要とする屋外の公共の場所に当ると解すべきではなく、依然として公用の場所であるに過ぎないことに徴し明らかなところである。)原判決が本件県庁正面玄関前構内が本件条例にいう屋外の公共の場所であると認定したのは法令の解釈を誤つた違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。この点において論旨は理由がある。

所論中には、本件条例は憲法第二一条、第一四条、第三一条に違反し無効なものであるから、本件条例を適用して被告人を処罰することは許されない。また、全日本自由労働組合は労働組合法上の組合であり、従つて、雇傭主体である県当局と労組法上の団体交渉権を有し、被告人らの原判示行動は憲法第二八条の保障する団体行動であり、違法性は阻却され、刑事制裁の対象とはならないと主張する部分もあるが、前説示のとおり被告人の本件所為は本件広島県条例第四条に違反したものとは認められず、同条例を適用することはできないのであるから、同条例の適用のあることを前提としてなす弁護人の憲法違反等の論旨については、その前提を欠き、もはや判断を加える必要は存しない。

よつて、刑事訴訟法第三八七条第一項、第三八〇条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

本件公訴事実は、「被告人は全日本自由労働組合広島県支部並びに広島分会の執行委員長をしているものであるが、同支部組合員のため賃上げ要求などに関する対県交渉を行なうにあたり、これを有利に展開する目的をもつて、法定の除外事由がないのにかかわらず、広島県公安委員会の許可を受けないで、昭和三六年七月二〇日午後二時過頃、広島市基町一番地の屋外の公共の場所である広島県庁前広場において、右組合員約七〇〇名が五列縦隊になり約三〇〇米の距離にわたつて行つた集団行進を主催したものである。」というにあるけれども、前説示のとおり右広場は本件条例第四条に定める「道路、公園、広場その他屋外の公共の場所」のいずれにも該らないものと解するから、公訴にかかる被告人の所為は同条例第四条に違反するものとは認め難く、結局右条例違反の罪を構成しないものである。よつて、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。(福地寿三 竹村寿)(裁判長裁判官高橋英明は転任のため署名押印できない。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例